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第381回『誰にもわかるハイデガー』筒井康隆

 

帯の惹句は、

――死を忘れて生きつつも死について知りたい我々が
  死ぬまでに絶対読みたい名著『存在と時間』超入門――

 

 

ドイツの哲学者ハイデガーの著書『存在と時間』は、
20世紀最高の哲学書と呼ばれていて、とても難解な本だそうです。

 

それを筒井康隆が誰にでもわかるように驚くほどわかりやすく、
思想のエッセンスを的確にとらえて解説してくれました。

 

筒井康隆は本文中で、
「これを読んでマスターしたつもりにならないで、ぜひ原著にあたるように」
と言っています。

 

でもまあ、たいていの人はそんなことはしないでしょうね。
原文(訳文)が一部紹介してありましたが、実にわかりにくいです。
何を言いたいのかよくわかりません。無理して読もうとは思いませんね。

 

 

筒井康隆のすごいところはわかりやすいうえに、
ユーモアを交えて語ってくれているところだと、
大澤真幸氏が解説で書いています。

 

実はこの笑いやユーモアは『存在と時間』の中では、
「空談、空文」と呼ばれ、世人とのかかわりの中で、
死を忘れるためのものだとされています。

 

しかし大澤氏はこの語り口によって『存在と時間』の理解が
創造的に進化する。と言っています。

 

まあ、死について考えるのは気が滅入ることですし、
少しぐらい笑いがないとやってられない。というところでしょうか。

 

いつやって来るかわからない死を了解しようとして、
人間は苦しんでいます。
さらに自分の了解したことを解釈しようとします。
そんなことが、普通の人間にはたしてできるのでしょうか。

 

死に先駆けて、死に直面して、死を了解できるのか。
ハイデガーはそれは誰にでもできると言っているそうです。
それは「不安」から入って行けばいい。
「不安」とは「良心の呼びかけ」である。そうです。

 

ハイデガーは、
死への先駆によって、人は良心的であろうとすることができる。
死への切迫した覚悟こそが、人の倫理性の強度を極大化する。
といっています。

 

 

しかし、解説の大澤氏はさらに理論を発展させています。
死を先駆して了解する。→死を過去の出来事として了解する。
たとえば、締め切りを過ぎて執筆に本腰を入れる作家。
たとえば、イエスの死の後に悔悟し信仰に励むイエスの弟子たち。
この悔恨の中にこそ最も純粋な良心がある。
ということです。

 

???締め切りにサバが読んであったのか。
???自分たちのメシアが死んでしまったのに、
キリスト教はなぜ世界宗教になりえたのか。
はたして死は既成の事実として振り返ることができるのか。

 

作家はまだ来ない締め切りを目前に迫るものとして、
あるいはもう来てしまったものとして執筆に励むことができるでしょうか。
夏休みの後半に山積みの宿題と泣きながら格闘した身には、
とても無理な相談といえるでしょうか。(^_^;)

 

 

満寿夫でした。


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