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第376回『日本史真髄』井沢元彦

 

『逆説の日本史』の新刊がなかなか出ません。
と思っていたら、このような新書が出版されました。
帯にある「6つの逆説史観」すなわち
「ケガレ」「和」「怨霊」「言霊」「朱子学」「天皇」は
『逆説の日本史』その他の著作でさんざん言われてきたことなので、
まあ、これまでの井沢史観をコンパクトにまとめたものかな。
と思って読み始めたら、あにはからんや、
もちろん既知の史観もありましたが、初めて耳にする史観もいくつかありました。

 

たとえば「天皇」。
縄文期の日本に農耕民族の弥生人が流入してきたであろう。
流入は大きく二期に分かれていたであろう。
第一期の流入民は銅鐸を祭器としオオクニヌシを首長とする民族だったろう。
そして第二期は銅剣を祭器とする後の大和朝廷につながる民族だったろう。
すなわち今の天皇家のルーツはこの第二の流入民ではなかろうか。
う~ん、なかなか説得力があると思われます。

 

たとえば天皇の諡号の「徳」。
歴代天皇の中に「徳」の諡号を持つ天皇が何人かいるが、
例外なく不幸な死に方をした、怨霊となる可能性が高い天皇である。
「孝徳」「称徳」「文徳」「崇徳」「安徳」「順徳」。
そしてもう一人、天皇ではないが摂政として数々の政治改革を行った「聖徳太子」。
彼は実は悲運の人で、怨霊になる可能性が高かったそうだ。
怨霊化対策で諡号に「徳」の字をつけられるようになったのは、この聖徳太子からで、
それ以前の、たとえば「仁徳」天皇などは本当に「徳」があったから、
この諡号を送られたのだろうとしている。

 

そうかなあ。
あの宮殿の高殿から民家の竈の煙を見たという逸話は、
いかにもとってつけたような気がするのは気のせいだろうか。
そういえば、かつて「仁徳天皇陵」と呼ばれていた古墳は、時代が合わないとか。
そのため今は「大仙陵古墳」と呼ばれることになったようです。
ちなみに、古墳の周囲に堀がめぐらされているのは、
怨霊の害を防ぐため、いわば結界のようなものだとか。
うむむむ。

 

それにしても、『逆説の日本史』の新刊はいつ出るのでしょうか。
前の23巻が出たのが去年の10月。そろそろ1年経とうとしています。
あ~、待ち遠しいよ~。

 

満寿夫でした。


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