第313回銀河丸 小笠原、シンガポール 前のページへ戻る

R氏の乗る練習船「銀河丸」は先日門司港に寄港した後、

http://marukijapan.co.jp/magazine-article/31665/

小笠原やシンガポールに行ってきたようです。

 

「銀河丸」は海技教育機構という独立行政法人に所属しています。

この度の航海は先の大戦で犠牲になった船員の慰霊の旅でもあったようです。

 

先の大戦では、もちろん軍艦や軍人も多く犠牲になりましたが、

それ以外にも、臨時に徴用された漁船や商船、その乗組員が多数犠牲になったようです。

 

そして、その慰霊や補償はいまだに十分なものではなく、

それどころか、商船以外の漁船と機帆船は実態の把握も十分ではないようです。

 

船員を養成する機関としては、その慰霊に力を入れないわけにはいかないですね。

この度のシンガポールへの航海では、

途中、フィリピン沖、ベトナム沖、マレーシア沖の計3ヶ所で慰霊行事が執り行われたようです。

https://www.jmets.ac.jp/news/2017081501.html

 

シンガポールの旅は後日、画像も提供してもらって詳しく紹介したいと思います。

請うご期待。

あ、お土産もらったんだった。

 

第313回銀河丸 小笠原、シンガポール

 

 

「Nonya Prawn Rolls」?

エビを春巻きの皮で巻いて揚げたお菓子。というよりおつまみかなこりゃ。

ありがとう。美味しかったです。

 

 

『小笠原戦跡一覧』待島亮

小笠原諸島は、日米開戦後日本の陸海軍によって要塞化されました。

しかし、サイパン島や硫黄島では激しい戦闘が行われましたが、

硫黄島が陥落すると小笠原の戦略上の意味が無くなったことから、

戦闘はあまり行われず、海上封鎖されたまま終戦を迎えました。

そして、1968年に返還されるまで、米国の統治下にありました。

 

小笠原諸島の父島・母島には今も戦争当時の遺構・陣地が数多く眠っており、

今や、その存在を知る人は地元島民でも少なくなったということです。

著者は平成14年に9ヶ月間かけて精力的に調査されて、この本をまとめられたようです。

 

第313回銀河丸 小笠原、シンガポール

 

 

満寿夫でした。

 

 


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