第279回萩・明倫学舎オープン記念井沢元彦講演会「明治維新と萩(長州)藩」 前のページへ戻る

来年2018年は明治維新150年だそうです。
また、萩城下町、反射炉、造船所跡などが明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録されました。
これを機に、萩市では明倫小学校(旧萩藩校明倫館)を改造し「明倫学舎」と称して、
日本の近代化に果たした萩藩の役割を紹介する博物館として生まれ変わったようです。

 

「明倫学舎」は3月4日(土)にオープンしたようですが、
3月5日(日)には、これを記念して、井沢元彦先生が記念講演に来萩されました。
井沢先生の大ファンの満寿夫はもちろん行ってきました。

 

萩・明倫学舎オープン記念 井沢元彦講演会「明治維新と萩(長州)藩」

 

以下、講演の内容及び満寿夫の感想です。

 

江戸時代、日本は朱子学の毒に侵されていました。
いや、日本だけでなく、東アジア全体が侵されていました。

 

朱子学は南宋の頃、朱子が始めた儒学を元にする学派(宗派)です。
最も重視する概念は「孝」と「忠」。祖法を守り、主君に忠節を誓う。

これだけを聞くと、別段悪いことでもなさそうですが、
祖先の決めたことに逆らってはいけない、ということになると、
詰まるところ、新しい技術や制度の導入はできない。
近代化は不可能ということになってしまいます。
おまけに中華思想というものがありますから、自分が一番偉い。
周辺は野蛮国だから、優れた文明などあるはずがない。ということになります。

 

徳川家康は徳川幕府を維持繁栄させ、大名や家臣に反乱を起こさせないようにと、
朱子学の「忠」の部分に注目して、これを学ぶことを奨励しました。
諸国の大名も同じ理由から家臣に朱子学を奨励しました。
そのため、260年間も泰平の世が続きました。

 

しかし、日本を含む東アジア諸国が眠っている間に、
西洋諸国は蒸気船を造り、武器を改良し、東アジアに侵攻してきました。
帆船や火縄銃では、蒸気船や鋼鉄製の大砲に敵うはずもありません。
日本以外のアジア諸国はたちまち西洋列強の植民地になってしまいました。

 

しかし、日本だけはいち早く朱子学の毒から抜け出し、
西洋文明を取り入れ、近代化に成功することができました。
その理由は、
天皇という存在。
徳川幕府は詰まるところ覇王であり、真に忠義を尽くすべきは天皇であるという思想が広まったこと。
商業の重視。
朱子学では商業は賤業とされており、侮蔑の対象だった。
しかし、実際には、江戸時代の米を基本とする経済は破綻しており、
田沼意次の進めた、商業を奨励し、商人から税金を取る方法が現実的な改革策だった。
薩摩は密貿易で富を得ていたし、高杉晋作は豪商白石正一郎から援助を受けていた。
ということです。これは朱子学的見地からは考えられないことです。

 

朱子学の悪弊は現実を直視しないこと。
空理空論が好きで、これは帝国陸海軍に遺伝し、無残な敗戦に至った。ということです。
まったく、朱子学の毒素の感染力、破壊力恐るべし。

 

といいつつ、
現代でもまだ抜け切れていないような国も見受けられます。
例えば、親や親族の要求に逆らうことが出来ず、汚職に走る大統領が続出する国とか。
ノーベル賞の受賞者が少ないのは欧米諸国の陰謀だとして、別の賞を作る国とか。

 

講演の後、明倫学舎の外観を写しに行きました。
中を見学するのは、また後日じっくり時間をかけて見学することにしました。
「明倫学舎」は現在も拡張整備中だそうです。
完成は平成31年春頃だとか。

 

萩・明倫学舎オープン記念 井沢元彦講演会「明治維新と萩(長州)藩」

 

満寿夫でした。

 


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