中郷八幡宮・中郷遺跡

中郷八幡宮

中郷八幡宮参道から見た小郡店。これはオープン初日の写真です。中郷八幡宮からは住宅街の中を歩いてほんの数分の距離にあります。

 

中郷八幡宮

中郷八幡宮は旧小郡町の中でも有名な桜の名所です。

 

中郷八幡宮

中郷八幡宮の由来について

祭神 応神天皇 仲哀天皇 神功皇后
例祭 九月十四日、十五日
八幡宮の鎮座について
本八幡宮の鎮座年月ははっきりしないが足利時代防長石見の守護職であった大内氏の鎮守として社領も当時としても二十石を有したことを思へば大きい社であったは瞭然としております。その昔大内弘貞公が九州宇佐八幡宮本宮より勧請したもので其の際宇佐葛原村在住の葛原氏がその供奉役として来郷して本地住居して神事に従し私共先祖氏子代々の鎮守のみ柱として日夜御加護を受けております。(本殿内由緒書)

 

中郷八幡宮

中郷八幡宮の拝殿の横に中郷貝塚があります。

中郷遺跡(貝塚)
中郷八幡宮内(標高三〇メートル)の貝塚はこの藤棚の下にあり、一九二八(昭和三)年弘津史文氏がはじめて紹介した。その後の調査で、南北五・五メートル、東西四・五メートル、厚さ五〇~四〇の規模をもつことが分かり、古代の人々が食用にしていた貝類(ハイガイ・マガキを主としてテングニシ・ハナグリ・ヤマトシジミなど)の外、弥生時代中期(約二千年前)の特徴を示すつぼ型やかめ型の土器・石器・動物の頭骨が出土した。その頃、現在の椹野川の下流は入り江になっていて、人々は台地に住み農耕や狩猟のかたわら、漁労の生活をしていたと考えられている。(現地の説明板)

 

中郷八幡宮

説明板によるとこの下の土の中に貝塚があるようです。見た目は何もありませんね。自由に立ち入りも出来ます。

 

 


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