旦の登り窯

旦の登り窯

山陽小野田市指定文化財。「旦の登り窯」

天保の末年(1840年頃)都濃郡富田の人・甚吉が、旦の給領庄屋作左衛門宅に奇寓、周辺の畑土をみて、
「この土なら焼物がつくれる。」と語ったこ とから、前原一誠の父佐世彦七が援助、「登り窯」を開いたのが起源。
手塩皿(小皿)と俗称する台所用品などを焼いたことから「皿山」の名が生まれた。
(中略)この登り窯は、とんばりと呼ばれる煉瓦造り。大口から煙突までの長さ28.6メートル、幅7.5メートル、
煙突の高さ12.3メートルで製品を焼く10袋 の窯と火力の調整を行うふかせ1袋の構成。
窯では硫酸瓶や焼酎瓶などを焼き、ふかせでは消し坪や焙烙などを焼いた。
(説明板による)

 

旦の登り窯

「瓶垣」旦の登り窯の近くにある瓶垣です。
ここほどでなくても硫酸瓶は普通に見ることができます。

 

旦の登り窯

経産省の指定する近代化産業遺産「三好邸瓶垣」。旦東にあります。

 

旦の登り窯

有帆川の小野田橋の橋のたもとにある、硫酸瓶のモニュメント。
目立つ大きさなので、いやがおうでも目につきます。
旦地区はこのモニュメントから左に入ったところにあります。
中川店からだと車で10分ほどの距離です。

 


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