龍馬を訪ねて下関市内を散歩してみました。

龍馬と下関

東行記念館

平成22年8月に下関市内16箇所に「坂本龍馬関連説明板」が設置されました。
詳しいことは下関オフィシャルサイト「坂本龍馬とお龍」からご覧ください。

この「坂本龍馬関連説明板」は下関吉田の東行庵の中にある東行記念館の前に設置してあるものです。

『高杉晋作の百年祭を記念して昭和41年(1966年)4月14日に開館しました。
晋作の遺品をはじめ、奇兵隊や、幕末から明治にかけて活躍した人々の遺品や資料を収蔵・展示しています。
多くの「勤王の志士」たちと交流した晋作は、坂本龍馬とも親交厚く、上京する龍馬にピストルを贈った話や、一緒に小倉戦争を戦った話などが遺っています。晋作の才能を高く評価した龍馬は、家族に宛てた手紙の中で、晋作を「天下之人物」としえ紹介しています。』

東行庵は小月店から車で5分ほどのところにあります。

 

龍馬と下関

長府藩主毛利元周の墓

長府の覚苑寺の裏山にある毛利元周(もうりもとかね)の墓所です。

『長府藩十三代藩主毛利元周公の墓所。
元周は龍馬のことを高く評価し、衣類や刀を下賜した他、一時金を供与して、その活動を直接的に支援しました。なお、左隣の墓石は「いろは丸」船主であった伊予大洲藩から嫁した正室智鏡院(十一代藩主加藤泰幹の娘)のものです。
この墓所には第三代藩主毛利綱元公のお墓もあります。』

形山店から覚苑寺までは車で約20ほどです。覚苑寺には長門鋳銭所跡、乃木希典銅像、狩野芳崖銅像があるほか、桜、紅葉の名所です。

 

龍馬と下関

功山寺墓所と長府博物館

高杉晋作が元治元年12月15日(1865年1月12日)に長州藩俗論派打倒のために挙兵したのが功山寺です。

功山寺仏殿は国宝に指定されています。入母屋造、檜皮葺きで元応2年(1320年)の建立です。

仏殿の右のほうに「高杉晋作挙兵像」があります。 功山寺仏殿の左横の道が功山寺の墓所に続いています。

『功山寺の墓地には、龍馬とも交流のあった長府藩主三好周亮(かねすけ)や、印藤聿(のぶる)(豊永長吉)、三好慎蔵らが永眠しています。
また、功山寺に隣接する下関市立長府博物館は、昭和8年に建てられた「長門尊攘堂」を前身とする郷土の歴史博物館です。収蔵品は、長府毛利家遺品・幕末維新資料を中核として、下関の各時代各分野に渡り「坂本龍馬愛用の飯碗と湯呑」「新政府綱領八策」なども所蔵しています。』

功山寺は覚苑寺から車で5分ほどのところにあります。功山寺は菊者の句碑がある他、覚苑寺同様、桜と紅葉の名所です。

 

龍馬と下関

龍馬の大親友 長府藩士:三吉慎蔵墓所

『龍馬の盟友である長府藩士三吉慎蔵の墓所。
龍馬から生きて本懐を遂げることを教わった慎蔵は、維新後その死の直前まで長府毛利家に仕えました。
明治34年(1901年)、慎蔵が亡くなると、長府藩大十四代藩主毛利敏公は、慎蔵の死を悼み、毛利家墓所に近いこの地を下賜し、慎蔵の墓を建てるよう命じたといいます。』

功山寺墓所にこの三吉慎蔵の墓所があります。

 

龍馬と下関

お龍と桜山招魂場

『龍馬の死後、下関に滞在していたお龍は、一時期桜山招魂社(招魂場)運営のために設けられた「あけぼの」という茶屋で、橙の実を短銃で撃ったり、一晩中飲み明かしたりして過ごしたといいます。この間、お龍は桜山招魂場の祀られた人々への想いを詠んでいます。

「武士の かばねはこヽに 桜山
花は 散れども 名こそ止むれ」

桜山招魂場へは武久店前の191号線を下関駅に向かって約10分ほどです。厚生病院の前の信号を左折したところにあります。彦島店からも武久店と同じくらいの時間でいくことが出来ます。


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